エピソード記憶と意味記憶
記憶にはいろんな分類というか種類がありますが、普通記憶力と言う場合はエピソード記憶とか意味記憶のことを言うのではないかと思います。
この二つ、似ているようですが若干違います。
両方とも大きな分類では陳述記憶、つまり言葉で表現したり説明したり出来る記憶の範疇に入ります。エピソード記憶は個人の記憶、例えば小学校4年生の時雨の中でサッカーしていて担任の先生にケツバットされたとか、友達と待ち合わせして2時間経っても来ないので電話してみたら「これからシャワーはいるから遅れるかもしれない」って言われたとか・・・。
意味記憶とは、言葉や概念の意味についても記憶、例えば「大化の改新」は645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を滅ぼして行われた政治改革である、とか、相対性理論はアルバート・アインシュタインが・・・、とか。アルバート・アインシュタイン自体が既に意味記憶として定着していますし、小泉純一郎も自民党をぶっ壊した総理大臣として、ついでに医局制度もぶっ壊した総理大臣として意味記憶に定着しています。菅直人の場合、厚生大臣の時に薬害エイズの解決に尽力して官僚と闘った政治家としては意味記憶として定着していると言っていいと思いますが、マニフェスト無視の消費税10%論で参議院選に惨敗した総理大臣としてはまだ充分定着していないかもしれませんね。
先日の内田先生のお話もエピソード記憶に入りますが、「鬼と会えば返る」については意味記憶になると思います。
この二つ、似ているようですが若干違います。
両方とも大きな分類では陳述記憶、つまり言葉で表現したり説明したり出来る記憶の範疇に入ります。エピソード記憶は個人の記憶、例えば小学校4年生の時雨の中でサッカーしていて担任の先生にケツバットされたとか、友達と待ち合わせして2時間経っても来ないので電話してみたら「これからシャワーはいるから遅れるかもしれない」って言われたとか・・・。
意味記憶とは、言葉や概念の意味についても記憶、例えば「大化の改新」は645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を滅ぼして行われた政治改革である、とか、相対性理論はアルバート・アインシュタインが・・・、とか。アルバート・アインシュタイン自体が既に意味記憶として定着していますし、小泉純一郎も自民党をぶっ壊した総理大臣として、ついでに医局制度もぶっ壊した総理大臣として意味記憶に定着しています。菅直人の場合、厚生大臣の時に薬害エイズの解決に尽力して官僚と闘った政治家としては意味記憶として定着していると言っていいと思いますが、マニフェスト無視の消費税10%論で参議院選に惨敗した総理大臣としてはまだ充分定着していないかもしれませんね。
先日の内田先生のお話もエピソード記憶に入りますが、「鬼と会えば返る」については意味記憶になると思います。