梅毒による認知機能低下
梅毒は、感染後に異なるステージを経て進行する性感染症で、特に早期段階では症状が誤認識されたり見逃されたりすることがあります。これが治療されずに進行すると、数年から数十年後に悪影響が現れる可能性があります。
一般的な進行は次のようになります:
初期梅毒:
感染後約3週間から90日後に、患者は硬結、(硬く、無痛の皮膚の塊)を発症します。これは感染部位に現れ、その後数週間で自然に消えます。無痛性のため、気づかれずに経過することも多いです。
二次梅毒:
初期梅毒の数週間から数ヶ月後に現れ、皮膚の発疹、頭痛、疲労感、リンパ節の腫れなどの症状が現れます。
潜伏梅毒:
これは、初期と二次梅毒の症状が消え、特に症状が見られない期間です。この段階では、血液検査はまだ梅毒を示す可能性がありますが、患者は症状を感じません。
後期梅毒:
梅毒が治療されない場合、感染後10から30年後に神経系の深刻な障害を引き起こす可能性があります。これには、認知障害、精神障害、視覚障害、心臓病、そしてその他の神経症状が含まれます。この状態は、未治療の梅毒患者の約15-40%に影響を及ぼすとされています。
したがって、ある人がアルツハイマー型認知症と診断され、後に梅毒と判明するという事態は、それが後期梅毒の結果である可能性があります。こういった症状が現れると、特に高齢の患者では、他の認知症と誤診される可能性があります
当院では梅毒の検査に、TPHAとRPRの二つの検査を行っています。
TPHA(Treponema pallidum hemagglutination assay)は、ウシの赤血球を梅毒菌の抗原で被覆し、検体と反応させます。検体内に梅毒に対する抗体があれば、それに結合して凝集反応、(つまり血球が固まりを作る反応)を引き起こします。
問題点は、TPHAは「生物学的偽陽性」という現象を引き起こす可能性があることです。これは、検査では陽性と判定するが、実際には患者が梅毒に感染していないという状況を指します。これは一部の人々で見られ、様々な理由で起こり得ます。
生物学的偽陽性の原因としては、以下のようなものがあります:
他の感染症:
特定のバクテリアやウイルスの感染が生物学的偽陽性を引き起こすことがあります。これには、風邪やインフルエンザなどの一般的な感染症から、HIVやリウマチ熱などのより深刻な病気までが含まれます。
自己免疫疾患:
ループスやリウマチなどの自己免疫疾患は、体が自己の組織を攻撃することにより生物学的偽陽性を引き起こす可能性があります。
妊娠:
妊娠中の女性は、生物学的偽陽性を示す可能性があります。
高齢:
高齢者は、明らかな理由なく生物学的偽陽性を示す可能性があります。
RPR(Rapid Plasma Reagin)テストは、非特異的な試験で、身体が梅毒に反応して生産した抗体を検出し、感染の進行度や治療の効果をモニタリングするために用いられます。つまり、感染から時間が経過し治療が進行するとRPRタイター、(抗体の濃度)は下がるはずです。したがって、RPRが高い、(または増加している)場合、それは進行中の感染を示す可能性があり、治療が必要であることを示しています。
TPHAテストは感染後長期間陽性のままとなり、感染が過去に存在したことを示しますが、治療が必要かどうかを示すものではありません。したがって、両方のテストが陽性である場合、現在の進行中の感染と過去の感染の両方の可能性が示されます。そのため、臨床的な評価と患者の症状を考慮に入れて治療が必要かどうかを判断します。
梅毒が認知機能を低下させるメカニズムは、神経梅毒の一環として理解することができます。神経梅毒は、どのステージでも起き得ますが、感染初期に症状に気付かれず、感染が長期に渡った後期梅毒で問題になります。
神経梅毒は、梅毒菌、(トレポネーマ・パリードゥム)が神経系に感染した結果、発生します。神経梅毒は、大きく分けて2つの主要な形態があります。
髄膜血管梅毒:
梅毒の感染初期段階、(通常は感染後数年以内)に発症することが多いです。この形態では、菌が脳や脊髄の血管に感染し、神経炎や血管炎を引き起こします。これにより、患者は頭痛、めまい、行動の変化、視覚障害などの神経学的症状を示すことがあります。
晩期神経梅毒、(麻痺性認知症):
これは、感染から数十年後、(通常は15-20年以上後)に発症することが多いです。この段階では、梅毒菌が脳自体を侵害し、神経細胞の損傷と機能低下を引き起こします。これにより、認知機能の低下、精神的な変化、運動調整能力の問題、眼球の異常な動き、(眼振)、さらには精神病的な症状などが引き起こされます。これらの症状が進行すると、歩行困難や失語症などの運動機能の低下につながります。
両方とも「神経梅毒」というカテゴリーに含まれますが、その発症のタイミング、症状の特性、進行の速度などが異なります。神経梅毒の診断と治療は、早期に行うことが非常に重要です。
梅毒の神経学的影響は、症状の現れ方や進行速度に非常に大きなバリエーションがあります。特に、梅毒による認知障害は進行が緩やかで、それがアルツハイマー病などの他の認知症と間違われることがあります。
晩期神経梅毒は、感染から数年から数十年後に発症します。初期の症状はしばしば非特異的で、不安、うつ、気分の変動、集中力の低下、人格の変化などといった形で現れます。これらの症状は、他の精神的疾患やアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患と類似しているため、特定は困難であることが多いです。
病状が進行すると、認知能力の低下が明らかになり、言語能力や運動能力が失われ、感覚異常や失調が現れることがあります。これらの症状もまた、アルツハイマー型認知症などの他の神経変性疾患と類似しています。
このため、晩期神経梅毒はしばしば他の疾患と誤診されます。しかし、他の疾患と異なり、適切な抗生物質治療により回復する可能性があるため、早期診断と適切な治療が非常に重要です。
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